Kato Asako

030324


加藤安佐子展

-視野の器-
(アクリル画)

2003.3.24(月)〜30(日)
(12:00〜20:00 最終日11:00〜15:00)


030324-2
「視野の器 No.11」
(紙にシルクスクリーン)
22x15cm
【¥25,000】



030324-3
「視野の器 No.6(左)、 No.7(右)」
(キャンバスにアクリル)
F50【¥450,000】、P20【¥250,000】



030324-5
(会場風景)



T-BOX LETTER No.64
重ねられた色彩のパラドクス
加藤安佐子展「視野の器」
2003.03.24〜30
T-BOX

絵描きの仕事は大変だ。                         
さまざまな波長の光はどんなに混じっても濁ることはない。すべての波長の光を
合わせれば、そこには白い透明な光が生まれる。しかし、さまざまな色の絵の具
は、混ぜれば混ぜるほど、薄汚れてゆく。太陽の光に溢れる空を描いてみようと
した人であれば、誰でも知っているだろう。この世界にはこんなに光と色が溢れ
ているのに、その鮮やかな色彩の旋律を再現しようとすると、絵の具という「も
の」の重さと厚みの前に、軽やかな光の輝きはくすんでしまう。       
絵描きほど、この「もの」の不透明な重さを、「もの」のどうしようもない扱い
づらさを肌で知っている人々はいないだろう。カンバスや紙という「もの」の上
に、絵の具という厚みのある「もの」を重ねる絵描きの仕事は、不透明な「も 
の」の重さとの闘いである。何を描こうと、絵描きは「もの」を操るという現実
からは逃れられない。カンバスは縁のある面であり、光を反射する絵の具は重ね
れば重ねるほど薄汚れる。それらは「もの」である以上、それ自身の「もの」と
しての存在を主張し、絵描きの思うようにはならない。           
古来より、絵描きたちは絵の具という「もの」の性格を研究し、その絵の具たち
とうまくやってゆこうとしてきた。レオナルドは何百層にもわたる薄塗りを重ね
てジョコンダの神秘的な笑みを生み出し、ラファエロ前派をはじめ、無数の絵描
きたちは、画面に透明な輝きを与えるために下塗りに多彩な工夫をし、水墨画の
描き手たちは無数の種類の墨で宇宙の深みに挑戦し、セザンヌをはじめ印象派の
絵描きたちは色彩だけで空間の奥行きを表現しようとした。そこに描かれるもの
が無数の表情をたたえてたたずむ微笑みであれ、太陽の光に溢れる空気の息づか
いであれ、宇宙の秩序であれ、信仰と神の世界であれ、絵描きたちの仕事が「も
の」たちとの永遠の対話と格闘であることに変わりはない。彼らは思うにまかせ
ない「もの」を操り、その「もの」との格闘を通して、それぞれが見たいと思 
い、実現したいと思った世界を生み出そうとしてきたのである。この意味で、絵
描きとは「もの」と格闘し、その「もの」との格闘を通して思索をめぐらす具体
の哲学者であるといえるだろう。                     
この具体の哲学者の末裔の一人として、加藤安佐子も「もの」と対話し、格闘し
続けてきた。カンバスをさまざまなかたちに変形し、時には展示場の全体をカン
バスにし、昨年は屏風というかたちにも挑んだ。もちろん、絵の具との格闘にも
力を注いでいる。エアブラッシによって、あるいはシルク・スクリーンによっ 
て、五十層以上もの絵の具を重ねることによって、思うにまかせない絵の具の重
さに軽快な流れを与え、下塗りを幾重にも重ね、波紋状に下塗りの色彩を変えて
ゆくことによって、画面に光と奥行きを与えようとしてきた。絵の具の「もの」
としての重さにあえぎながら、その「もの」と対話し、それぞれの持ち味を引き
出し、それぞれに個性の強い「もの」同士を調和させ、重ねれば重ねるほど汚れ
てゆくという物理的な現実に正面から立ち向かってきたのである。      
彼女が描く明るい光に満ちた奥行きの背後には、そうした決して終わることのな
い「もの」との格闘の時間がある。ただの布でしかないカンバスに無数に重ねら
れた絵の具が、それ自身で輝くような光をたたえているのは、彼女が絵の具とい
う「もの」との対話の中で、その「もの」たちとともに思索をめぐらしたからな
のだろう。絵の具は重ねれば重ねるほど、その輝きを失う。絵の具は自分自身の
存在を主張し、なかなか絵描きの言うとおりにはならない。絵描きの作業は大変
である。しかし、この彼女の新作が見せてくれているように、だからこそ、「も
の」を操る中で思索をめぐらす具体の哲学者としての絵描きの仕事は、この現実
の不透明な重さの中に新鮮で軽やかな春の風を呼ぶのである。        
大村敬一(文化人類学)                          


加藤 安佐子(Kato Asako)